自己満足。

ぼくの満足=あなたの満足→めっちゃ満足!

「思ってたのと違う」を楽しむ

前書いたときから間空いたなぁ


かーずです


まあ、自己満足で書いてるからそんなもんです。


一時期、散歩しながらぽんぽん浮かんだことをメモしてたのを見て思うことを書いてみようと。


その中でいちばんたらたら書こう、と思ったことを書いてきます


それは、「楽しそう」と思ったことは“今ここから見て”楽しそうだということ。


いろんなとこ散歩してて、ふと「あ、この景色めっちゃいい」てなるときがたびたびあります。


その中で、たまに「あそこに行ってみたいな」と思うことも出てきます。


そういう景色は緑がきれいだったり、見晴らしが良くて奥行きを感じたり、目を引く建物や建築物だったり。


とにかく惹きつけられることがあるんです。


それで行けるときはそこに向かって行って、いざ到着。


「…特にワクワクしないな」


特に強く感じたのは金沢市21世紀美術館の外を歩いてたとき。


離れたとこから見るとまあ、よくわからん形状でよくわからんワクワク感のある展示物があるんです 笑


その中には人が入ることもできて、体験できるアート?なんです。


外から見てワクワクしたので入ってみたら

「…?」でした。ワクワクしない。金属がガチャガチャしてるなーくらいの印象だったと思います


「楽しそうに思うことは今自分がいる状況だから、そう見えるだけなんじゃないのか」

というアイデアが、ポーンとその時現れました


いったんそう考えるといろいろなことに広げて考えたくなりました。


8月に行こうと思うベトナムの国境越えの旅、これからやる子ども食堂みたいなイベント、友達とのメシや飲み、もろもろ…


まだやったことのない、外側から知っているものを、遠くからみてワクワクしているだけじゃないんかと。


そうなってくると、なんかたくさんの物が色褪せてく。。


とちょっぴりなりました。ほんの少し。


それ、全然いいなというのが今の立場です


ワクワクしそうなものに近づいてその中から見た景色は「思ってたのと違う」からなんとなーく萎えただけ。


「ほお、実際はこんな感じなのか!」とその違いすら愉しく思ってしまえば、簡単に楽しみを増やせますな


すごーく当たり前のことを自分の中で確認すると、思い描いたことと現実が違うのはよ〜くあること。


だからこそ「おれはこうしたい」と新しいことを仕掛けるきっかけにもなりうるし


それに、自分の景色を見る目が変わるなんてのも良くあること。


最近暇な時間が増えてくると、歩きながら近くの景色をよく見るようになった。


今おれがいるのは金沢大学に近い学生街みたいなエリアなんだけど、みどりが多くてすげーきれい。


二年目でようやく穏やかに「いいとこだな」と思うようになった。見え方は住む前と全くの別ものに感じる。


ここまで書いてふと感じたのは、おれやるじゃん。自己満足のブログだから平気でこういうことを書いていく。


そして、最後にクラウドファンディングのリンクを貼るおだやか物乞いです。


https://polca.jp/projects/lvfiXNECtbx



親とバトった話。

このふざけたブログも2回目となりました。

かーずです。


前、このブログにクラウドファンディングのリンク貼るつもりでしたが、まだでした。


polcaっていうサービスでやろうと。300円から投げ銭できるとこです。

ぼちぼちリンク、貼っていこうと思います。



自己満足というと、どうも独りよがりな印象受けがち。ぼくもちょい前まではそう思ってました。今でもたまに。。


それを踏まえて、「他人のためにも自己満足しよ」てことを書いていきます



この前、実家に帰って両親とバチバチやってきました。

ぼくがこれからどんな感じでやっていきたいかを話したところ、難色をしめしたみたいです。


・就職したくない


・今は子ども食堂みたいなことやりたい


・金を稼ぐより、出てく金を減らしていきたい→そのために家いらない、車買って車中泊とか、野宿とか


などを主張しました。親にはこんな話したことなかったです。


まあ、両親は2人とも教員で、世間一般コースを歩んで欲しいんでしょうか??

いろいろ疑問を口にしてきました。反対の立場を示してきました。


言い争いのあとで、母は「あんたのやってることは応援してる」と言ってきました。


振り返ると「???」です。


応援してるのなら、ぼくの価値観を支持して認めるんじゃないでしょうか?


ぼくの「自分はこうしたい」を否定しつつ「応援はしてる」て感じなのかな。うーん違和感


それと耳に残ってる母の言葉は

「きちんと説明しなさい」。


母なりに納得した上でぼくのやり方を考えたいらしいです。


まあ、ぼくも舌足らずなとこは大いにあったのかと。


ただ、僕自身、車中泊の経験とか、子ども食堂の運営とか経験がなくて具体的な話が出てこなかったわけです。


それで、今ふとイラッとしたのは、母が一方的に情報を吐かせようとしてた感じがしたこと。


被害妄想も加味した上でも、取り調べかよ、と。


“上”に許可を取りつけるのがイヤで就職をほっぽり出したのに、それが親に置き換わった感覚。かんべん。


話し合いの結論は「大学生のうちは部屋に住みなさい。金はだす。その上ですきなことをやっときなさい。卒業後は好きにしなさい」

て感じ


ぼくは感極まり泣いてブチ切れたりしましたが(苦笑)まあ、寛容な対応になったのかなー。


家族会議の議題には事欠かなそう。

あー、書いてスッキリした。自己満、自己満


…一番言いたかったのは


親は子どもを丸ごと受け入れないこともあるんね、かな


「かーずには幸せになってほしい」と口に出してて、心からそう思ってるなら何もかも好きにやってよくない??


親の「幸せになる」にはその人なりの尺度がくっついてるような気がする。

おれもそうだし。で、その尺度がどうも違うとおれは思った。


「違うことない」とも母は言ったけど、だったらなんで、言い争いになるわけ??


「自分のこどもだから、同じ」なのかな。相手側からみると。うーーーん。


おれははっきり、「親とは違うところもある」と思う。


まずここがはっきり違うじゃん??


そんで、違うなりに応援はしてくれてるので、まあ“合うところ”で付き合っていこうと思うこの頃です。


↓このブログの賽銭箱です。

https://polca.jp/projects/lvfiXNECtbx

余ったお金&投げ銭で自己満足できそう!な人におすすめです。


投げ銭がきたらぼくは、そりゃもう満足の極みです。





いざ、自己満足。

はじめまして。かーずです


みなさん、自己満足してますー??

ぼくはいま、自己満足の真っ只中ですよ〜


自分の思ったことポンポン書いて人に見せる。それがこんなに自由に満足できるなんて。。


「自己満足」…なんかネガティブに捉えがちですか??


ぼくは、ものすご〜くだいじなことだと思いましたよ??


まーその、今気になってる女の子いるんですよー。


その子と話してると、

苦しいとき力になりたいな

どんなことでも話してほしいな

無事に国家試験受かってほしいな!

とか思うんですよ。


まーずいぶん献身的な人

という見方もあるかもですが、僕は改めて


「自己満足してるなあ」と思います。


「おれって相手の役に立ってるなあ」

なんてもう、美しい自己満ですね。美しい


それは相手が決めることだと思いません??


はたらきかける方は

「役に立ったら嬉しいなあ」

ぐらいに思うのが、人どうしの摩擦を減らせる気がします。


押し付けられる善意って疲れません?


「自分のためにやってくれてる」と思うとむげに断りづらい。そんで自分の望みとは離れてる。あーしんどい。


だいぶ、自己満足で考えを書いて、脱線しましたね

ぼくは目的意識がはっきりしてるなあ、と思います


もう少し「その人のため」を考えてみると、よくわからなくなってきます。


今、ぼくは1日1万円もらえるようになったとします。何の対価も払わずに。


それはぼくのためになるんでしょうか??


当面の生活は何とかなりそうです。それなりに食べれて。それなりに寝れて。

他は何もしなくてもいい。

まあ、余った金で暇つぶし?


なにも生み出さなくていい。しんどいこともしなくていい。生きていけるし。

面倒な人付き合いもいらない。



ぼくは1年もかからず、おもしろくなくなる気がします。なにもかも。


淡々と寿命を消費するだけの機械になりそう


消費する側に居続けるだろうから、無機質な対人関係がほとんど。金と対価のサービス。



まあ、実際なってみないと「分からない」ですね。そう、分からない。


最近は住む場所、付き合う人、金の使い方、やたら選択肢があります。

それに思った通りに行くことはどうも少ない


なにもかもひっくるめて、どうなるかを考えるのはムリ。どーなるかわかりません。


人がどう思うか、なんて言い出したらもー。


見たいものを見ちゃいがちですよねえ

人間が違うと、見たいものはも〜のすごくバラバラ。

人間が同じでも、1日違うと分からない

気分屋だとなおさら



あーー。分からないことだらけだ〜


てことで、とりあえず

「これだ」と思うことをやってきます。


「これが“良い”」とか

「これが“好き”」というより


「これだ」と思うだけ。端的に


そんで、ぼくがやってみようと思ったのは

この殴り書きみたいなブログの最後に

クラウドファンディングよびかけること。

平たくいうと、お金ちょーだい。


どんな人に投げ銭して欲しいかというと

「こいつに投げ銭したら満足する」

と思った人です。


もう一つは「余ったお金」を投げて下さい。


生活費で余って、エンタメで余って、貯金で余った分(あるのか?)です。


僕は自己満でこれを書いてますが、誰かがここをきっかけに満足することがあると、より一層満足できる気がします。


「よく分からん大学生に大事な金投げたばっかりに、やりたいことできんし、特に何もないやんけ」  

こういうのは勘弁してください。


折角ならお互い満足しましょう。


気が向いたら投げ銭どうぞ。


おやすみなさい。